成果を出すチームとは(6)──働く人が幸せになれる新しい組織モデルの探求
人生の生産性は死ぬ前の3秒で決まる
「人生の生産性は死ぬ前の3秒で決まる」。 これは私がある経営者の方に伺った話である。 よく「走馬灯」という言葉で、死を覚悟した瞬間に様々な過去の思い出を瞬時に振り返るということが知られている。そして、私たちの人生の生産性は、このわずか3秒ほどの時間で「後悔の無い素敵な人生だった」と思えるかどうかにかかっているという。
では、後悔のない人生とはどういうものなのか。
緩和ケアの介護を長年務め、数多くの患者を看取ったオーストラリア生まれのブロニー・ウェア氏が書かれた書籍「死ぬ瞬間の5つの後悔」には、死ぬときの後悔で2番目に多かったのが、「そんなに一所懸命働かなくてよかった」ということだとある。働くことで得たお金やキャリアは、物を買う余裕や、称号を持つことでの安心感や誇りに繋がる。だが、そのこと自体が人生で大きな価値であったと思うことは少ないという。
この事実を知ったとき、組織コンサルタントである私は、あることを思った。 それは「働くことが私の人生を充実させた、働くことで人生は輝いていた」と思えるような組織を作ることはできないのかと。
もしかすると、「そんなことは理想論だ」と思われる方がいるかもしれない。
しかし、昨今では「働き甲斐のある会社」や「生産性と幸福度を両立する会社」など、多くの方々が新しい働き方・組織づくりを探求している。本記事では、これからの時代に人々が幸福度高く(人生の生産性を高く)働くことができるようになるための新しい組織モデルについて考えてみたいと思う。
インターネットがもたらした新しい組織モデル
インターネットの誕生は、世界中の人々を瞬時につなぎ合わせる画期的な技術革新だった。それにより、人々は情報を手軽に共有し、コミュニケーションを取り合うことができるようになった。
そして、この技術革新は、組織の構造そのものにも影響を与え、情報を階層毎に集約し、上意下達で展開していくような中央集権的な組織構造(管理統制型組織)から、情報を全社で共有し、適切に権限を分散し、自律的に機能する組織構造(自律分散型組織)への進化を容易なものにした。
もちろん、それぞれの組織モデルにはメリット・デメリットがあり、一概にどちらが良いと言えるものではない。(図1)
しかし、ビジネスの環境が複雑化、多様化しており、迅速な対応力が求められる現代にとって、自律分散型組織への転換は一つの解決策となるかもしれない。
自律分散型組織の3つの効果
なぜ、人々の幸福の話から組織モデルの話に移ったのか。
実は、自律分散型組織には、単に組織の意思決定スピードや外部環境への適応力を上げるといった組織的なメリットの他に、働く人々に対する3つの効果がある。
1.働くやりがいの向上
自律分散型組織の中では、働き方や仕事のやり方等、一人ひとりに選択する機会が与えられることがある。この選択する機会が与えられることで、内発的動機づけにつながる心理要因である自己決定感(自己が何者にも拘束されず自発的に行動しているという感覚)が高まり、働くことのやりがいにつながる。
2.大切にしたい価値観が明確になる
自律分散型組織の中では、自身の意見や考えを表明する機会や、異なる価値観のメンバーとの議論や対話の機会が増える。そうすることで、「自分は何を仕事に求めているのか」「自分はどんなチームで働きたいのか」など大切にしたい価値観を知るきっかけになり、自身の人生観・職業観の確立に寄与することが多くある。
3.自己成長・自己実現の機会が増える
自律分散型組織の中では、チームの目指す理想を元にメンバー自身が目標設定し、自己責任でタスクを遂行することが求められる。そのため、個人のアイデアや意見がより重要になり、主体的に業務に取り組むことで自己成長につながる。また、一人ひとりに業務の裁量があり、自分の強みを生かした役割を作るなど、自己実現の機会なども多いと言える。
つまり、自律分散型組織に転換することで、働く人々が、やりがいを感じ、自分の価値観や役割を明確にし、自分らしく働くことが可能になるということである。
自律分散型組織の実現に向けたプロセス
では、自律分散型組織に変わるには何が必要か。
自律分散型組織への転換は、これをやれば瞬時に変われるという、単純なプロセスがある訳ではない。しかし、以下の要素を実践していくことで確実に、自律的な組織に近づいていくことができる。
1. 徹底的な情報共有
自律分散型組織では、意思決定を分散するために、メンバーが共通の情報を得ることが必要となる。また、共有すべき情報には仕事に関する「業務情報」だけでなく、プロセスに関する「状況情報」や、一人ひとりの想いや価値観、感情に関する「感情情報」など様々な種類の情報がある。(図2)
情報共有を進めることで、一人ひとりが自分なりの意見を持つことができるようになり、組織に対して主体的に関わるための土台ができる。
2. 議論のための共通言語を持つ
情報共有が広がり、メンバーが意見を持ちやすくなると、必然的にメンバー同士での考えの衝突や対立が生まれやすくなる。そこで大切になってくるのが、メンバー同士で議論をするための共通言語を持つことだ。
例えば、サイボウズでは、問題とは理想と現実のギャップの事を指すと決まっており、何か問題が起こったときは「理想はどこ?」「現実どんなことがあった?」「それは事実?解釈?」など、共通言語を使って議論を進める。(図3)
このように、自律分散型組織になるためには、全社員が議論のための共通言語を持ち、建設的な議論ができるようになることが必要である。
3.判断基準を明確にし、浸透させる
自律分散型組織の中で意思決定を分散していくためには、組織の中に明確な判断基準が必要となる。意思決定を分散し、それぞれが全く違った判断基準で意思決定をしてしまうと、組織は必然的にバラバラになってしまう。
そうならないために、パーパスや経営理念、社是(部単位であれば部門方針など)など組織・チームにおける最大の判断基準を明確にし、社内に浸透させていく必要がある。浸透には、単に研修などで伝えることだけでなく、社内にある実際の問題を議論し、一つ一つの問題に対して、メンバーが判断基準に基づいて意思決定をする訓練を積み重ねることが重要である。
これらの内容は、いきなり全社で実施するのは難しいこともあるかもしれない。そうした場合は、自身の所属するチームや部門から徐々に始めていくことも可能である。まずは一つの要素でもチームや組織の中に取り入れていくとよいだろう。
自由なようで厳しい、自律的な会社
みなさんは、「自律的な会社」と聞いてどのような働き方をイメージするだろうか。
もしかすると、自分の思い通りで色々なことを行える、自由で楽な働き方をイメージされる方がいるかもしれない。
しかし実際は、自分の意見や考えを明確に表明し、チームや会社の判断基準に照らし合わせて、責任を持って意思決定をしていくといった厳しさのある会社である。
「自律する(自分を律する)」とは自分の中の大切にしたい価値観を明確にすることであり、自分の内側に目を向けることである。そして、その中で見つかった自分なりの考えを大切にし、 組織やチームのパーパスやビジョンと結び付けていくことで自律的な組織に変わっていく。
実は、冒頭の書籍「死ぬときの5つ後悔」に書かれている、死ぬときの後悔で一番多かったのは「人の期待に添うのではなく、もっと自分に正直に、自分が望むように生きるべきだった」ということだそうである。
多くの会社が自律的な組織に変わり、働く人々が自分に正直に、自分が望むように働くことができるようになれば、後悔の無いより充実した素晴らしい人生を送れる人が増えていくのかもしれない。
※この記事は、日刊工業新聞の連載記事になります。
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著者プロフィール
新島 泰久也
「人と組織の発達を支援する」が信条。元経営コンサルタントとしての経営目線と、サイボウズの「チームワークメソッド」を織り交ぜ、「チームワーク経営(チームの生産性とメンバーの幸福が両立する経営)」の実現を目指す。 Coloring Lab.代表。一般財団法人 日本アロマ療法創造機構 専務理事。