サイボウズがテレワークをするまで──テレワークの運用は「信頼関係」が前提
前回は、具体的なテレワークの導入のしかたについてお伝えいたしました。今回は、サイボウズが「どのようにテレワークを常態化したのか」を紹介したいと思います。
2010年にベータ版を開始
サイボウズのテレワーク(当時は在宅勤務という名前でした)導入は、2010年です。サイボウズでは会社の制度を作る際、人事が考えて作るのではなく、アイデア段階でまずは社員と考える場を設けるところから始まります。
グループウェア上にある過去の履歴を調べてみると、2010年6月に人事から「在宅勤務制度について考えているので意見を聞かせて」というアナウンスが流れていました(こういった時にすぐに振り替えれる点がグループウェアの良い点ですよね)。
興味ある社員からの様々な意見をもらいつつ、どのようなメリットやデメリットがあるのかを確認すべく、"まずはやってみよう"となりました。翌月の7月末には"8月から試験導入"のプレスリリース(PDF)を出しており、改めて見るとすごいスピード感を感じます(一度社員の声を聞いており、かつ「試験導入」なのでこれくらいのスピード感でいいのかもしれません)。
当時、在宅勤務をする際の申請は以下の流れとなっていました。
いかがでしょう。まっとうな手順でしょうか。
当時、在宅勤務を試してみた身としては、「終了後の業務内容の報告」が少しストレスでした。「これきちんと報告しないと、さぼっていたと思われるのではないか」という懸念があり、この報告のために時間を割いていました。あとは、「結果報告がわかりやすい資料作成しかできないのではないか」「考える仕事はあまり在宅勤務に向いてないのではないか」と感じたことも覚えています。
試験導入中に起こった東日本大震災
8月に試験導入したあと、当時はまだ珍しかったからか、試験導入中にもかかわらず「テレワーク推進賞」を受賞しました。11月末には「試験導入の感想を語る会」を開催。在宅した感想、上司として承認、評価をした感想などを集め、試験導入は続けながらも、人事にて本制度化を考えていました。
そのさなかに、東日本大震災が起こりました。
東京にいても余震があり、翌日には原発事故もあり、正直「仕事どころではない」状態でした。アポイントメントの再調整など通常業務ですら混乱がありつつ、会社としてどうするかの判断も迫られていました。
そこで、試験導入していた在宅勤務制度が生かされることになります。状況をみながら、出社判断基準に基づく役員からのアナウンスがあるという状態がしばらく続きました。
3月だったため、経理部では決算に向けた作業が実施されていました。「在宅勤務が難しい内容の業務」と経理部のメンバーも考えていましたが、状況を考慮し、リモートで自宅作業できるよう情報システム部主導で対策。無事に決算を終えることができました。
これら一連の体験が、私たちの在宅勤務制度を本運用させていったのはいうまでもありません。
ルールの簡素化
試験導入中は「月4回まで」だった在宅勤務制度は、台風や大雪などの通勤困難が理由の場合は月4回を越えてもOKとなり、そのうち制限なし(個人とマネージャー判断に任せる)となっていきました。
また申告も、前日申告と成果申告から、前日申告のみとなり、現在は当日申告も可となっています。
ルールの簡素化は、災害などコントロールできない外部要因が増えていったことと、色々運用していくうちに「信頼関係」に基づいて運用する方がお互い気持ちが良いと気付いたからです。 現在では、各チーム内のコミュニケーションでの申告とあわせ、スケジュールも共有することで運用しています。
以上が、サイボウズがテレワークを導入していった経緯です。 震災という大きな出来事と重なり、あまり汎用的な例とはいえないかもしれませんが、テレワークのメリットを全社員で体感できました。現在の運用につながっていると言えるかもしれません。
ルールと信頼関係のバランス
「制度を作る」ということは、いわば「ルールを作る」ということ。しかし、運用していくうちにそのルールが先行し、本来の意図とは違うように解釈されたり、使われたりということは少なくありません。
テレワークも、対象者や場所、セキュリティなどを考慮すると、一見「ルールだらけ」の制度になりがちです。
サイボウズの在宅勤務制度も、最初は成果報告を求めることから始まりました。既述のように、それを「しんどいな」と思い、積極的に利用しようと思いにくかった点があります。また、「さぼっていると思われたくない」という気持ちが出てくるのもテレワークならではの悩みです。
成果報告を無くした理由の1つに、試験導入の振り返りをする際に社員から出てきた「会社で働いているときには求められないのに、なぜ在宅勤務のときだけ求められるのか」という問いもありました。
会社にいるときには、帰る際に今日何をしたかの日報程度は書くかもしれませんが、作成した資料などをいちいち報告しないでしょう。しかし在宅勤務だとそれが求められる――。それは「信頼していない」証拠ではないか、というのがその問いの本質といえます。
成果報告のルールを設けた背景は、在宅勤務は"福利厚生"ではなく、"社員の生産性向上"が目的であるため、業務効率を測るために設けた1つの仮ルールという位置づけでした。 しかし試験運用中に業務効率が低下した事実は少なく、社員の声のように信頼関係に基づいた運用の方がお互い気持ちよいと思ったため、このルールは無くなりました。 疑いや性悪説前提でルールをつくると、とても息苦しいものになります。PCのカメラで在宅勤務中の様子を見られるようにしている事例もありますが、それは顕著な例で、そういうことは本来誰もされたくないものです。
そこで私たちは、在宅勤務の権限を上長に委ねる運用にしました。「この人の在宅勤務は生産性低下につながっているのでは」と少しでも懸念があると、その旨を本人にフィードバックする。改善されないようであれば、本人の在宅勤務を認めない。つまりテレワークは「上司やチームメンバーからの信頼のもとできる制度だ」という運用にしました。
「さぼっていると思われたくない」は誰でも思うからこそ「その分しっかり仕事する」と思っています。逆にさぼった場合、在宅勤務禁止どころか「周りの信頼」も失います。これは挽回するまでに時間がかかる、プライスレスなものと言えるでしょう。
「信頼」を運用のキーワードとすることで、「さぼっているのでは」「さぼっていると思われたくない」という両者の懸念を無くしたのがサイボウズのやり方だと言えます。
制度をつくるときはルールを考えることが必要。しかし、運用においてはルールに基づくだけではなく、制度本来の「目的」に合っているか、「信頼関係」、つまりコミュニケーションが必要になります。
このコミュニケーションを怠ると制度はどんどんルールだけの形骸化したものになります。大変な面もありますが、コミュニケーションをさぼらないこと。これがテレワークの快適な運用で一番大事なことになります。
すべてを「ルール」で考えようとすると、制度は上から押し付けられた、現場にとって面倒なものとなりやすいです。ルールとコミュニケーションによる信頼関係のバランスが、テレワークだけでなくあらゆる制度に求められることなのかもしれません。
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●連載1/4(初回):テレワークとは ── テレワークの現状とメリットについて
※この記事は、昨年TechRepublicに連載した記事を一部修正して掲載しております。著者プロフィール
なかむらアサミ
チームワーク総研 シニアコンサルタント。様々な組織のチームワークを良くするためにチームの正しい定義を伝えています。