サイボウズの企業研修プログラム

BLOG

  • TOP
  • ブログ
  • 想像責任とは?――「あの人と分かり合えない」から卒業するために

想像責任とは?――「あの人と分かり合えない」から卒業するために

Imagination responsibility.png

サイボウズ チームワーク総研の竹内義晴です。

みなさんは、同僚や上司、部下との関係性の中で「相手が本音で話してくれず、分かり合えない」と感じることはありますか? あるいは、「〇〇さんは、なんでああいうことを言うんだろう?」のように、その言動を理解できないと感じたこともあるかもしれません。

そういった場合、「分からないから説明してよ」のように、相手に説明を求めたり、「〇〇さんは、なんで□□なんですか?」のように質問したりします。

しかし、相手に言うに言えない事情がある場合、不用意に説明を求めたり、質問したりするばかりでは、相手を傷つけてしまう場合があります。

では、どのような関わりをすればよいのでしょうか。

サイボウズの「説明責任」と「質問責任」

サイボウズには、「説明責任」と「質問責任」という行動指針があります

「説明責任」とは、物事をすすめるときに、相手の納得感が得られるように「わかりやすく説明すること」です。「質問責任」は、モヤモヤしたり、疑問に思ったりしたことがあれば「わからないままにせずに、質問すること」です。

お互いが説明責任と質問責任を意識することで、双方にコミュニケーションが生まれ、「ちゃんと説明してほしい」「なんか理不尽だなぁ」といったコミュニケーションギャップが減り、お互いの理解を深めることができます。

一方で、サイボウズ社内では近年、チームで仕事をするためには、「説明責任と質問責任」に加えて、「想像責任(相手が置かれている状況を想像すること)も大切なのではないか」という議論が深まっています。

情報には「言えるもの」と「言えないもの」がある

なぜ、「説明責任と質問責任」に加えて、「想像責任も必要なのでは?」という議論が深まっているのか。その理由の1つに、多様性に関する議論の深まりがあります。

人には「言えること」と「言えないこと」があります。たとえば、「仕事で困っている」「病気で悩んでいる」といった感情面は、人にはなかなか言いづらいものです。また、LGBTQなどマイノリティの当事者が、それを周囲の人に話すのは大きな勇気がいるでしょう。

このような、人には言えない事情を抱えている人に、「説明せよ」「質問せよ」と当事者に努力を求めるだけでは、かえって、相手を傷つけてしまう恐れがあります

こうした多様性に関する課題感から、相手がおかれている状況や感情を想像する「想像責任」が必要なのでは? という意見が、社内で出るようになりました。

「想像責任」が必要なケース

具体的な事例でお話しましょう。

わたしは、「週2日複業社員」「フルリモート在宅勤務」という、一般的な社員とは異なる働き方をしている「働き方少数派」でした。テレワークが広がる前は、一人遠方で働くことに、孤独感やさみしさを感じたこともありました。

そのときの気持ちを、サイボウズのオウンドメディア、サイボウズ式の記事『在宅勤務というボクの働き方は本当に「仕方ないね」だったのか?──いまこそ考えたい「働き方少数派」の気持ち』には、以下のように綴りました。

在宅勤務の悩みは、サイボウズ社内で積極的に開示してきた。でも、誤解を恐れず正直な気持ちを話せば、この3年間、理解されないことも少なくなかった。

~中略~

在宅勤務は意外とさみしい。そして、人恋しくなる。たまには、みんなといっしょに話したいし、飲みに行きたい。いまでこそ「オンライン飲み会」が盛んだが、いまのような「みんなが在宅勤務」になる前は、そのような話題になることはなく「まぁ、仕方がないね」だった。

逆に、飲み会にオンラインで接続することで、孤独感を感じることもあった。サイボウズではかつてより、花見や創業記念日をはじめ、全社でイベントをするときは、オフィス以外からもつながれるようにオンラインで同時中継する。

だが、オフィスではビールを飲みながらみんなで盛り上がっているのに、こっちは1人。画面越しにその状況を眺めるさみしさといったら、ない。

もっとも、そうなってしまうのも理解できる。なぜなら、多くの人は「フルタイム在宅勤務」という働き方をしたことがないのだから。そして、「まぁ、仕方がないね。だって、在宅勤務は自分で選んだ働き方なのだから」「こういう状況でも、働かせてもらっているのだから」と、自分の中で処理する術(すべ)を覚えるのであった。

これはわたしの事例で、多くの人にはあてはあらないかもしれません。けれども、内容は異なれど、人には「それぞれの事情」があるのではないでしょうか。

また、これほど特別なケースでなくても、「もう少し想像してみたら、そこまでギクシャクしなくても済むのではないか」というケースもあるでしょう。

たとえば、同僚の仕事の成果物が「あまりよくない」と感じた場合、すぐに、「なんで、これはこういう結果になっているのですか?」「もっと〇〇のほうがいいんじゃないですか?」「ちゃんと説明してください」のように、やや責めるような形で質問したり、説明を求めたりすることがあります。

けれども、その成果物がそのような結果になっているのは、何らかの事情があるかもしれません。「なぜ、この成果物は、このような形にならざるを得なかったのだろう?」と想像してから相手と関わることで、ギクシャクしたコミュニケーションを防げるでしょう。

「人はみな、違う」ことを前提に想像する

私たちはよく、「〇〇の場合は□□すべき」「〇〇の場合は□□するのが普通だよね」のような固定的な価値観で、周囲の人を見てしまいがちです。その価値観からはずれた言動があると、「ちゃんと説明してよ」「なんでそうなの?」のように、説明を求めたり、質問したりすることもあるでしょう。

しかし、そのような強めなコミュニケーションだけでは、分かり合うことができません

人は、年齢も、得意なことも、役割も、働くペースも、趣味嗜好も、さまざまな事情も、一人ひとり異なります。そういう意味では、「そもそも、人は全員違うよな」のように、全員が違うことを前提にして、周囲の人と関わることが、想像責任のはじまりかもしれません。

そして、少しでも「あれ?」と感じた、目に見える具体的な状況があるなら、相手に対してやみくもに、「説明してよ」「質問してよ」といった関わり方をするだけではなく、その前に、「〇〇さんは、どんな環境で働いているのかな?」「〇〇さんは、どんな気持ちでいるのかな?」「どんな気持ちで、あの言葉を発したのかな?」のように、想像してみること......。

もちろん、どんなに想像しても、相手のすべてを理解するのは難しいでしょう。でも、多様な個性を持った人たちが、それぞれの強みを生かして、1つのチームとして仕事をするためには、相手の状況を想像しつつ、対話を続けていくことが大切なのだと思います。

著者プロフィール

竹内義晴

チームワーク総研とサイボウズ式編集部の兼務。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。「2拠点ワーク」「週2日社員」「フルリモート」というこれからの働き方を実践しています。