ものづくり経験ゼロの電通社内チームが、世界中で売れた新型ガジェット「necomimi」を開発できた理由
※ベストチーム・オブ・ザ・イヤーのサイトから移設しました
つけた人の脳波をキャッチし、感情に合わせてネコの耳が動く!
れまでになかったまったく新しいコミュニケーションツール「necomimi」。国内のみならず海外でも一般販売され、7万個以上を売り上げるヒット商品になっています。前編では、necomimiを開発したneurowearチームの3人に開発のきっかけと、大反響を得るまでの経緯を語ってもらいました。
後編では、necomimiを製品として世に送り出していく上でどんな課題が発生し、それをどう乗り越えたのかに迫るとともに、neurowearチームが考える「チーム」および「チームワーク」のあり方について伺いました。
necomimiとは:脳波をキャッチして気持ちを伝える「ネコミミ型」コミュニケーションツール。その人の感情に応じてネコの耳が動く製品で、集中すると耳は上に立ち上がり、リラックスすると、耳は寝る動きをする。集中とリラックスが混じった状態だと、立ち上がった耳がぴくぴくと動く。
モノづくり経験ゼロの電通版"Makers"は、製造コストや故障率の課題をどう乗り越えた?
イベント出展をきっかけに海外でも大反響を呼んだことから、neurowearチームはnecomimiのビジネス化・製品化に動き出します。どんなステップを踏んでいったのでしょう?
そもそも電通はメーカーじゃないんで、モノをつくって売ったことがない。製品化にあたっては、どこかのメーカーと組むことが必須でした。
「東京ゲームショウ」が終わった後、何社かに「製品化したい」と手を挙げていただき、海外からもオファーが舞い込んできました。ではどこと組むか? 検討した結果、米Neuro Skyを選択しました。necomimi開発前に僕がシリコンバレーへ視察に行った際、初めて脳波センサーを見せてもった会社で、necomimiで採用した脳波センサーの提供元でもあります。
なぜNeuro Skyを選んだんですか?
当時necomimiはまだ特許を取っておらず、ヘタすると他社にパクられる危険があった。その点、センサー自体の提供元であるNeuro Skyが製造にも携われば、necomimiを世界で作れるのはNeuro Skyだけになりますから。製品化を許諾するライセンス契約を取り交わし、同社と二人三脚で進めていきました。
製品化となると、企画段階とは違ったフェーズに入り、新たな課題も出てくると思います。
まずはコストの問題です。necomimiは当初の段階では、タブレット端末とつなげて、画面に自分の脳波を表示させながら使うものでした。ただ、それだとタブレットを持っていない人は使えないことになる。
脳波の動きをタブレットで見られないと面白くないと感じる人もいるのでは? と思ったんですよね。
タブレットとセットで販売することにしたら、当然、価格も跳ね上がりますよね。
ええ。そもそもこの手のガジェット的な製品は、100ドルを超える価格になると売るのが厳しくなるのですが、タブレットに接続するためのbluetoothモジュールを搭載するだけでも、100ドルではとても実現できなくなるんです。
数千台レベルの販売数でいいから当初の計画通りタブレットと接続できるものにするか、それともタブレット機能を省いて低価格にし、もっとデカい販売数を狙うか。悩みに悩みましたね。
そこは判断が難しいところですね。
結局、まずはより多くの人に「脳波を使った新しいデバイスを体験してもらうこと」を優先しようと考え、タブレット接続機能を省くことにしました。
もう1つ悩みどころだったのが、モーターの数です。プロトタイプでは、1つの耳当たりモーターを2個搭載し、タテヨコ2軸でよりリアルな耳の動きを実現できるようにしました。でもモーターの数が増えると、コストも故障率も上がってしまいます。
これについては、モーター1つでもリアルな動きを再現するために、徹底的にチューニングを繰り返しました。このころはわれわれ日本側とシリコンバレーのNeuro Sky、さらには製造元である台湾の工場との間で、毎日夜通しSkypeを通じた国際会議をやっていましたね。
実は私はこのころ、産休に入っていたので、現場には立ち会えなかったんです。
とはいえ、"耳がどう動けばリアルでカワイイか"といった感覚的なことは、発案者のなかのさんにしかジャッジできない部分です。だから困った時には"なかのチェック"ということで、病院や自宅からiPadで画像を見て、判断してもらっていました。
やはりプロトタイプを数台作るのと、完成版の製品を作るのとでは全然違うんですね。
設計思想からして変わってくるんです。製品の場合、コストや耐久性、安全性をよりシビアに考えなくてはならないですから。
こういうことはやってみないと分からないので、とても勉強になりました。
2012年4月の「ニコニコ超会議」で、完成版のnecomimiを発売したのですよね。
そうです。先行販売という形でしたが、初日だけで数千台売れました。
会場にnecomimiをつけた人がたくさんいて「necomimi種族」みたいで(笑)。自分たちが頭の中で考えたものを多くの人がつけているのを目の当たりにし、不思議な感じがしました。
その後、日本ではネットおよび東急ハンズ、渋谷PARCOなどのリアル店舗で販売を開始しました。海外でも米国・EU・台湾・中国などで販売され、累計販売台数は7万台を超えています(2013年7月現在)。
持てる力を出し合い、不慣れな部分も全員で――"タレントがかぶらなかった"のが成功要因
necomimiプロジェクトの成功要因としてチーム力の高さが挙げられると思います。チーム力を発揮できた理由はどこにあると感じていますか?
僕がテクノロジー、なかのさんがクリエイティブ、神谷さんがビジネスと、分野の異なるタレントがそろっていて、それがかぶらなかったのが大きかったと思います。
私も同感です。責任領域が明確なので、摩擦が起きにくかったです。
異分野でリーダーシップを発揮できるメンバーがいて、誰が何をやるべきかはいちいち言わなくても全員分かっている。それぞれの領域についてはお互い安心して任せられました。
お互いのタレントに対する信頼感には揺るぎないものがありましたね。
今回のプロジェクトは、3人がそれぞれの持てる能力を出し切って、不慣れなことも含めすべてをやらなくてはいけなかった。それも逆に、チームとしての結束を固めることになりました。
チームの構成として、誰がリーダーというのはあったんですか?
一応、神谷さん?
ですかね。ただ誰かが上に立って他の人に指示を出す、といった従来型のチームではなく、完全にフラットな関係ですね。
まあメインが3人しかいないんで、意志決定もみんなですればいいわけですから。3人がそれぞれ自由にやっているんだけれど、暴走しているわけではなく、きちんと調和している。それぞれ自立しながら、頼るべきところは頼る、という感じでした。
なるほど。ではプロジェクトを推進していく上での成功要因はどこにあったのでしょう?
僕と神谷さんはこれまで新規事業をいくつも立ち上げた経験があり、基本的に"計画どおりにはいかない"ことが分かっているんですよ。プロジェクトが失敗するのはたいてい、計画通りにいかないことが出てきてメンバーが焦ったり、責任のなすりつけ合いが始まったりして、空中分解していくパターン。その点、僕らはそもそも計画どおりに進まないことを前提にしているので、そういうことにならない。
「ここまでは大丈夫、でもここを超えると失敗する」というのを肌で分かっているというか。
例えば、necomimiのプロトタイプ作成をいろいろな会社にお願いして、全部断られました。普通のプロジェクトチームは、そこで止まってしまうんです。でも、そもそも全部が全部うまくいくわけがないと思っているし、「これはまだ何とかなる」ということも分かっているので、冷静に対処していると、新しい才能に出会って引き受けてもらえたりする。
確かに加賀谷さんと神谷さんがジタバタしているのは見たことがないですね。necomimiのプロトタイプを作ってくれる会社を探す時も、加賀谷さんなら何とかするんだろう、と思っていました。
そのあたりも信頼関係ですよね。
部活ノリのプロジェクトが「自分ごと」に。なぜ「妥協なきチーム作り」ができたのか?
やはり「全員がビジョンを共有している」ということも大事です。その意味で今回一番のポイントになったのが、プロトタイプに画用紙で耳をつけた瞬間。あれを見たことで「あっ、これは世の中に新しい体験をもたらすものだ」という感覚を全員が理解しましたから。
確かにあの瞬間は大きかった。あれで到達すべきポイントが見えたので、あとはそこを目指してやるべきことをこなしていけばいいとなる。じゃないと「どこを目指して進んでいけばいいんだ?」と迷うことになりますから。
ビジョンの共有という意味では、necomimiが完成する前の2011年2月ごろに「neurowear」というチーム名をつけて、ロゴやミッションステートメントを作成したのもよかったですね。
チーム名がない時は、何となく「作るぞー」みたいな部活的なノリだったのに、"外向けの顔"を作成する過程で、自分たちの中でも「生体信号を使った新しいコミュニケーションのパイオニアになる」という目標が明確になりました。
いろいろな困難も起こる中で、モチベーションを保ち続けられたのはどうしてでしょう?
それはこのプロジェクトが完全に"自分ごと"だったからですね。
会社から降りてきた案件ではなく、自分たちでやりたいと思って、3人がいわば共同ファウンダーとして始めた事業でしたから。
私は単純に「自分が開発に携わっているのにカッコ悪いものが世に出たらイヤだな」という思いもありました。
大企業のビジネススタイルで、necomimiのような製品は生まれるか?
necomimiについては、いわゆる従来型の"会社のビジネス"のやり方とは外れていたからこそ、新しい価値を生み出せたのではないかという気もします。
その通りだと思います。既存の事業の延長線上にあるものは予測可能ですが、世の中になかったまったく新しいものを作る時は何が起こるか予測不可能なんですよ。というよりむしろ、どれだけ不確実性を取り込めるかがポイントになります。 一般的なビジネスだと、まずは事業計画を立ててとなるのかもしれませんが、そういうやり方が効かないのがイノベーション。既存の大企業のビジネスでnecomimiのようなものを生み出すのはかなり難しいと思いますね。
チームのコミュニケーションの取り方として工夫していることはありますか?
「面白い」と思ったことは、プロジェクトに直接関係ないことでも共有していますね。
Facebookグループなどを使って、とにかく情報を放り込んでおく。
そうすると、情報に対するチーム共通のバックグラウンドができて、話が通じるスピードが速くなる。「こういうことに興味があるならこの人を紹介してみようか」といった、新しいアクションにもつながりますし。
最後に「neurowear」チームのこれからの展開を教えてください。
neurowearは引き続き、ちょっと未来のコミュニケーションを実現するサービスやツールを作り続けていきます。半年に1つぐらいのペースで新しいプロダクトを出したいなと。
necomimiは自分の頭の中を外に表現するものでしたが、今後はそれをもう少し拡張して、「我々の周りにある機械やサービスが、我々のことを理解する」という方向でプロダクトを作りたいと考えています。
そうしたものを通して私たちが目指すのは「世の中を楽しくして、幸せの総量を増やす」こと。necomimiも使っている人がカワイク見えるでしょう? それが仮にオジサンでも(笑)。みんなが笑顔になるものを、これからもどんどん生み出していきたいですね。
(取材・執筆:荒濱一/撮影:橋本直己/企画・編集:藤村能光)
海外メディアに報道され、プロダクト開発で見事に成功を収めたnecomimi。前編「Twitter、Facebookの次は"脳波"?――企画書、事業計画を捨て、プロトタイピングで世界に挑んだ「necomimi」」では、necomimiの誕生秘話やアイデアの着想など、製品開発のプロセスの詳細を伺っています。
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著者プロフィール
ベストチーム・オブ・ザ・イヤー
ベストチーム・オブ・ザ・イヤーは、2008~2016年の間、最もチームワークを発揮し、顕著な実績を残したチームを、毎年「いいチーム(11/26)の日」に表彰したアワードです。