「100m先のコンビニをあきらめない」──自己管理型の超プロフェッショナル集団が作るパーソナルモビリティ「WHILL」
※ベストチーム・オブ・ザ・イヤーのサイトから移設しました
大手の自動車メーカーや家電メーカー出身のエンジニアが結成して手掛けるパーソナルモビリティ「WHILL」。足が不自由な人でも、楽しく、外に出たくなるような世界を作りたい、と2012年5月に設立されました。最初の50台が無事に商品化をされ、現在、日米で出荷された50台が利用者の手元に届き始めています。
日本では、今年9月頭に東京・日本橋の三越百貨店のイベントで製品がお披露目され、今後、三越を含む実店舗でも紹介や販売をしていく予定。WHILLの開発拠点である神奈川県の横浜市産学共同研究センターで、同社のCTO(Chief Technical Officer)である福岡宗明氏にお話を伺いました。
大学時代の勉強会にさかのぼる好奇心旺盛な仲間たち
WHILLの創業メンバーの出会いは、名古屋の大学時代にさかのぼります。 同じ工学部の仲間で集まっては勉強会を開き、技術のトレンドなどについて情報交換を行っていました。その後、メンバーは東京で就職し、勉強会も東京で引き続き開催することに。大手メーカーなどに勤める技術者集団。徐々にインプットだけでは物足りなくなり、防音の部屋を借りて機材を揃え、週末などの余暇の時間で、実際に物を作るようになっていきました。
友人の結婚式の贈り物など、アイディアに導かれるままに色々作るうちに、「世の中の役に立つものが作りたい」と思うようになっていったと言います。例えば、蛍鑑賞に最適な足下の誘導灯や、「風が見えるアート」などを開発。誘導灯は、蛍に見えないくらいの波長の光を採用し、光量を最大限に落として製品化したもの。役所に採用され、蛍が観られる公園には、1,000人ほどの来園者が集まりました。
風が見えるアートは、当時世界を放浪中で、後にWHILLの創業メンバーになる杉江理さんのアイデア。気持ちがいいラオスの風を受けて、「この風を可視化できないか」と考えたそう。風が吹くと、風船の中の小さな基板が光るアートは、TOKYO DESIGNERS WEEK 2010に出展。好奇心の赴くままに手掛けた様々なプロジェクトの1つが、WHILLだったのです。
町工場の見学をきっかけに生まれたWHILL
物づくりサークルで、情報や技術のインプットのために定期的に行っていたのが、工場見学でした。とある時に見学したのは、プラスチックを成形する樹脂メーカー。
その技術を見た時に、これで車椅子を作ることができれば、発展途上国などでも安い価格で提供できるんじゃないかという話になって。僕は当時、オリンパスで医療機器のエンジニアをしていましたし、みんな医療や福祉に興味があるメンバーばかりだったので調べてみることにしました。
発展途上国の人たちは、いくらの車椅子なら買うことができるのか。
現地で作って、現地で販売するという現地完結型ビジネスを発展途上国にもたらすことを思い描いていたものの、現地の人から返ってきたのは、「500円でも高い」という声。では、日本での可能性を探ろうと、神奈川リハビリテーションセンターの沖川悦三先生の協力を得て、車椅子で生活するユーザーへのインタビューを重ねました。
「100m先のコンビニをあきらめてしまう」
車椅子に乗っているだけで、ネガティブな気持ちになってしまうことがある。その結果、外出することへの恐れや、家にこもりがちになる――話を聞く中で耳にしたある男性の言葉が、車椅子が持つイメージから変えていく必要があることを気づかせてくれました。
「待っている人の期待に応えないのは罪なこと」
足が不自由な人が、「もっと外に出たくなる」パーソナルモビリティを作る。あるのはコンセプトだけで、製品化のスケジュールもなければ、デッドラインもない。そんな状態を変えたのが、2011年の東京モーターショーのブース出展でした。当時は活動をNPO化していたものの、メンバーは全員、企業に勤めながらのプロジェクト参加であることは変わらず。
試作品をたくさんの人が囲み、「WHILLが欲しい」という人でブース出展は盛況に終わりました。その同じイベントで、とある車椅子メーカーの社長さんに言われたことがWHILLの本格的な立ち上げに拍車をかけたのだと言います。
「お前ら、遊びでやっていないか?」
本業とは別に、余暇の時間でやっているプロジェクトという意味では、趣味の範囲を越えません。でも、WHILLのコンセプトに共感して、さらに試作品を見た人は、みんな製品を待ち望んでしまう。それに応えないのは罪なことだ、と。
「試作品やコンセプトモデルを作ることは難しくない」と話す福岡さん。肝心なのは、そこから実際にユーザーの手元に渡る製品にまで持って行くこと。数回使えば壊れてしまうかもしれない「試作品」から、WHILL を品質や耐久性、価格といった要素をクリアした製品にするチャレンジが始まったのです。
シンプルな目標で実現する自己管理
日本を拠点とするWHILLの開発チームは、現在、25歳から67歳まで10名ほどの技術者で構成されています。CTOという立場ながら、電気、ソフトウェア、法規制、知財、他社との共同研究まで、「小さい会社だから何でもやる」と話す福岡さん。また、製品の全体的なディレクションも行っています。
メカの中でも樹脂を得意とする人、耐久性があるフレームを得意とする人。また、タイヤなどの特殊部品だけの担当など、それぞれのパーツの主担当が連携することで製作プロセスが成り立っています。開発チームを取りまとめるポイントはどこにあるのでしょうか。
何月には、こんな風に動くものを作る。何月の展示会に出展する、といった具合に、シンプルな目標を持つことを大事にしています。エンジニア全員が、アウトプットのイメージを持つことが大切です。そうすれば、自ずと『今のタイミングでここまで出来ていないとマズい』という感覚が生まれて、各自調整できます
少数精鋭のWHILLのチームでは、設計者で開発者でもあるメンバーそれぞれが、自分自身をマネージする。各々が自分の責任範囲を管理しやすいように、目標をいかにシンプルに決められるかが鍵を握るのです。
領域を越えたことができるか
WHILLに迎え入れるエンジニアに共通するのは、好奇心が豊かであることだと話す福岡さん。例えば、WHILLのタイヤを開発するのは、その道10年以上の大ベテラン。それぞれ専門分野を持っているものの、「僕はこの領域は得意じゃない」は通用しないと言います。
回路設計の基板を作る場合、部品の選定、回路図の設計、パターンレイアウトの確定、製造と4つの工程に分かれます。大企業では、4つの中の一部分だけを選び、それだけを狭く、深く突き詰めて行くスタイルが一般的。98%の完成度を99%にすることのメリットが大きく、人的リソースも豊富な環境だからこそ可能なやり方です。
一方のWHILLは、横断的に何でもやることが求められます。担当領域の完成度を98%から99%にするより、プロダクトを俯瞰して捉え、全体の完成度や生産性を1割上げられるかどうか。
積極的に、自分の専門領域を越えたことができるか。そのために「プライベートでも能動的に専門領域外の勉強していました」くらいの人が魅力的ですね。1人のエンジニアがやることは絶対的に多いですし、やる幅も広いです。そんな好奇心旺盛な人が今のチームには必要ですね
目指すは、2015年に2,000台
手持ちの車椅子に取り付ける形だった初期のモデルから、1年に1回のデザイン改良を経て、最新のモデルにたどり着いたWHILL。この凄まじい開発スピードは、町工場や部品メーカーなどの協力があってこそ可能だったと振り返る福岡さん。
手伝うよ。協力するよ。
そんな風に、取引業者さんでも積極的に関わってもらえることも、WHILLの1つの強みなのかもしれません。
WHILLのモーターは、イギリスのメーカーのものを使っていますが、最初は対応が悪くて手こずりました。向こうからすると海外の小さなベンチャーなので、信用を得ていなかったんでしょうね。でも、イギリスまで足を運んで僕たちのビジョンを伝えたら、すごく共感してくれました。結局、人と人の信頼関係でしかない。色んな方に助けられて、今のWHILLがあります
既に、既存の電動車椅子と同じだけの安定性を持つWHILLですが、今後は、人混みの中でも安全に乗れるように工夫するなど、一層の安全性を追求していくと言います。また、WHILLに通信モジュールやGPSなどをつけることで、パーソナルモビリティの可能性を模索していく予定です。
来年2015年には、日米を合わせて2,000台を販売することが目標。パーソナルモビリティという「ツール」を越えて、足の不自由な人のアクティブな生活を育むことができるのか。探究心とチャレンジ精神にみなぎるWHILLのチームの挑戦は、幕を上げたばかりです。
著者プロフィール
ベストチーム・オブ・ザ・イヤー
ベストチーム・オブ・ザ・イヤーは、2008~2016年の間、最もチームワークを発揮し、顕著な実績を残したチームを、毎年「いいチーム(11/26)の日」に表彰したアワードです。