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目指すゴールは「W杯優勝」──Jリーグからアジアのサッカーに変革を起こすピッチ外の少数精鋭チーム

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※ベストチーム・オブ・ザ・イヤーのサイトから移設しました

普段はサッカーにあまり縁がないという人もJリーグの存在はご存知でしょう。2014年に「インドネシア人初のJリーガー」となったイルファン・バフディムという選手がいます。ツイッターで440万を超えるフォロワーを抱える同選手は、母国で絶大な人気を誇るスターです。

彼をきっかけにしてJリーグの試合をテレビ観戦するインドネシア人が急増し、スタジアムの看板や選手のユニフォームが持つ宣伝効果は大いに高まりました。こうした東南アジア市場開拓の動きを作り出したのが、2012年1月に正式発足した公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のアジア室チーム(2015年4月1日より国際部)です。

最終目標を「日本がワールドカップで優勝すること」と掲げるアジア室のコアメンバーは、なんとたったの4名。広大なアジア市場を相手に、少数精鋭のチームはどのようにして戦っているのでしょうか。プロジェクトリーダーを務める山下修作さん(写真中央)、メンバーの遠藤渉さん(写真右)、大矢丈之さん(写真左)の3名に話を伺いました。

「アジアが鍵」と信じて......粘り強い提案でプロジェクトがスタート

アジア室はどういった経緯でスタートしたのですか?

山下:2008年のリーマンショック以降、スポンサー獲得が厳しい状況になっていたことが大きな背景です。当時私はJリーグの関連会社でファンサイト運営などに関わっていたのですが、企業へ営業する際の難しさに直面し、何か手を打たなければならないという危機感がありました。

ふと海外へ目を向けると、同じリーマンショックを経験しているはずのアジア、特にASEAN諸国のサッカー市場はどんどん伸びている。これらの国々と組むことでJリーグへのスポンサー提供も増やせるのではないか、と思うようになったんです。

事業として立ち上げるため、どのように提案したのでしょうか?

山下:社内で年1回、新規事業提案会が開催されます。その場で「アジアナンバーワンに育ったJリーグのノウハウを東南アジアへ輸出し、コンサルティング料をもらう」というビジネスモデルを提案したのですが、最初は厳しい反応でした。私自身、各国のリーグの試合を見たこともないような状態だったので、そんな人間が提案しても無理だな......と。ただ自分の中では可能性を追い続けていました。

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リーダーの山下さん

認められるようになったきっかけは何でしたか?

山下:担当していたウェブプロモーションの仕事で、サポーターの方々にユニフォームを寄付してもらい、それをカンボジアの経済的に豊かではない村に届けるという企画を実施しました。カンボジアへ向かう際にタイを経由するのですが、「これはチャンスだ」と思い現地リーグの試合を視察して来たんです。帰国後、その内容をもとに報告書を出したところ、「そこまで強く進めたいと思うなら事業化を考えてみろ」と言われ、ついに新規事業開発プロジェクトとして動きだしました。それが2011年4月でしたね。

その後もアジア各国を回って調査し、組織として正式に立ち上げました。2012年1月に遠藤が加わり、3月に小山(もう1人のメンバー)が、さらにJリーグ本体から大矢が入りました。

遠藤さんは現在、どのような役割を担っているのですか?

遠藤:Jリーグの試合をアジア各国で放送する際の放送権契約、また放送権に関する代理店との折衝を中心に担当しています。普段は各国の放送局とコミュニケーションを取ったり、放送開始に伴う記者会見やイベントのセッティングなどを行ったりしています。

アジア室の活動を始めたころと現在で、何が変わりましたか?

遠藤:もともとはJリーグの放送を行っていない国も多かったのですが、英語の解説をつけたり、グッズをリリースしたりと、我々から積極的にアプローチしました。最近ではJリーグに関しての注目度が高まり、こちらからの投資を抑えても報道してくれる状態になっていますね。

大矢さんはどんなミッションを担っているのでしょう?

大矢:もともとはACL(AFCチャンピオンズリーグ:アジアサッカー連盟に所属する各国から、リーグ上位の成績を残したクラブが出場する国際大会)に大会運営サポートなどで関わっていました。そのつながりでできた各国リーグのクラブやサッカー協会との人脈を生かし、リーグ間の提携業務などを調整しています。

Jリーグには毎月のようにどこかの国が視察に来るのですが、その際の受け入れやクラブへの紹介など、先方のニーズに応えてさまざまなアレンジを加えながら迎えています。またクラブが現地で試合をする際の調整も担当しています。

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遠藤さん(左)と大矢さん(右)

競合はヨーロッパの超人気リーグ。アジアのお金をアジアで使うには?

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遠藤さんがお持ちの名刺ですが......『キャプテン翼』の主人公、大空翼くんですよね?

遠藤:そうです。翼くんには「アジアアンバサダー」として協力してもらっています。『キャプテン翼』のファンは世界中にいて、アジアのサッカー選手や関係者にも大人気なんですよ。初めて出会う相手とのコミュニケーションに、大いに役立っています。

アジアとの関係性構築に動いた当初は、「各国からコンサルティング料をもらう」という計画だったんですよね?

山下:はい。Jリーグで培った選手育成やチーム経営のノウハウを提供し、各国のプロサッカーリーグからそれぞれ数億円規模のコンサルティング料をもらおうという計画でした。ところが実際に動いてみると、各国のクラブチームオーナーである財閥トップや、政界の主要人物との商談が続きまして......。資金力もコネクションも半端ではない人たちです。

そこから、「Jリーグのノウハウを無償提供し、その代わりに彼らのネットワークを生かせばもっと大きなビジネスができるのでは?」と考えるようになり、コンサルティング料を得るという考えはすぐに改めました(笑)。

具体的にはどんなビジネスモデルに変わっていったのでしょうか?

山下:一言で表すと、「ともに成長する」というモデルです。1993年のスタートから20年以上、Jリーグにはゼロから蓄積してきたノウハウが多数ある。これを無償で提供し、リーグや各クラブチームの経営をサポートしていくことから始めました。まずはこちらから先にどんどん貢献することが必要だと考えたんです。そうやって各国のサッカーレベルが伸びていけば、やがてはJリーグや日本サッカー全体に還元されていくだろうと考えました。

Jリーグには年間約120億円の売上(クラブチームの売上を除くリーグ本体のみ)があります。アジアのリーグの中では断トツの数字ですが、世界トップレベルと言われるイングランドのプレミアリーグは年間売上が約2500億円で、20倍以上の差があるんです。仮にJリーグがアジア各国から3億円ずつのコンサルティング料を集めたとしても、10カ国で30億円ですから、その差を埋めるにはほとんど至らないんですよね。

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ヨーロッパリーグが競合になるということですか?

山下:そうですね。プレミアリーグの場合、年間売上2500億円の半分近くが世界200カ国以上から得ている「海外放送権料」で、その内の約6割をアジアが占めています。つまり毎年約700億円がアジアからイングランドに流れている。

     

実際にそこにお金はあるわけなので、一部でもアジアのために使ってもらうことができれば、と。それを「Jリーグにください」ということではなく、「あなたの国で使ってください」と言っています。タイでは年間100億円、プレミアリーグを見るために払っていますが、その内の10億円だけでもタイの国内サッカー強化に使えれば、ワールドカップ出場に近付くかもしれない。我々はその活動をサポートして、無料で選手の育成ノウハウやクラブチーム・リーグの経営ノウハウを提供しています。

各国の反応はどうでしたか?

山下:とても歓迎されましたね。そもそもJリーグができる前の1970年代は、ASEAN諸国の方が強かったんですよ。日本代表はJリーグが誕生したことによって急激に成長していったのですが、これだけの短期間でワールドカップ出場常連国になっている国は珍しいんです。ASEAN諸国からすれば「あの弱かった日本がなぜこんなに強くなったんだ」という思いがある。そのノウハウを無料で提供するという話に対しては、各国のリーグ関係者から大いに感謝されました。

どの部分で大きな収益を目指していくのでしょうか?

山下:一つは放送権料の獲得です。安定した収益であることはもちろん、Jリーグの試合がアジア各国で放送されるようになれば、看板やユニフォームの露出価値が一気に高まり、クラブからスポンサーに対しての営業のしやすさが変わってきます。

またJリーグへの親近感が増し、アジア各国のスター選手がどんどんJリーグクラブに移籍してくれば、向こうの大手企業もスポンサーとして名乗りを上げてくるでしょう。大きな収益効果とストーリー性があり、皆がハッピーになれるやり方だと思います。

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試合会場にベトナム語の看板も出るようになった

チームの目標と危機感

チーム全体ではどのような目標を置いているのですか?

山下:年ごと、四半期ごとに実現したいことを決め、それを目標にしています。方向性は2012年にチームで話し合い、「リーグ」「クラブ」「ビジネス」「放送プロモーション」の4つの観点で定めました。Jリーグの年間売上、選手の年俸、入場者数など数字で語れる成果目標を置いています。「ここを目指すために俺たちが活動しているんだよね」という落とし込みですね。それぞれの期間でできたこと、できなかったことを振り返っています。

目標がかなり明確ですが、どのような背景で決めたのですか?

山下:「Jリーグが常にアジアのトップであること」「アジアのサッカー界を成長させ、世界レベルのスター選手を呼べるようにすること」という価値観の共有が前提になっています」

大矢:アジアでのレベルという観点では、ACLでJリーグのクラブチームがタイのチームに負けたりしている現状があります。ASEAN諸国の方が日本よりも成長の加速度が増しているという危機感もあります。数字としての目標はもちろん大事にしなければいけないんですが、そもそも日本勢が各国との試合に勝てていなければ意味がないというか......。

アジアサッカー界の成長に貢献しながら、試合では彼らに勝ち続けなければならないのですね。

山下:そうでなければ、日本サッカーは強くなれないと思います。ワールドカップ予選を断トツで勝ち上がっていても、アジアと世界のレベル差に対応できていないのが現実ですよね。アジアでは自分たちがボールを支配して戦えるけど、世界ではそれが通用しない。ワールドカップは4年に1回ですが、アジアでの予選を勝ち抜いてから本大会まで、準備期間は1年しかありません。世界に対応するだけの準備をするには短いと思います。

ヨーロッパなどは4年間、世界水準のレベルの中で予選を戦っているから、ワールドカップでも良い成績を残せる。それと同じ状況をアジアでも作っていかなければならないと思っています。

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そうした危機感は、アジア各国のリーグも共通なのでしょうか?

大矢:なかなか難しいところです。子どもたちの育成組織を持っていないというリーグも多い。最近では「2020年の東京オリンピックを目指そう」という機運でジュニアの育成も盛り上がってきていますが、まだまだこれからという部分が大きいですね。

実は、リーグによっては選手に給料が払われないといった問題もあります。FIFA(国際サッカー連盟)によって決められた明確なルールがあるのですが、それが守られていない現実もあるんです。また、オウンゴールをした選手に「お前はもう次から来なくていい」と通知したり......。サッカー選手が職業として安定しているとは言い難い状況ですね

山下:リーグの開幕3日前に突然チーム名が変わるなど、予想外のことも起きますよ。

そんな感じなんですか?(笑)

山下:はい(笑)。我々の仕事も、そういったアバウトさと向き合っています。かなり鍛えられた感じがありますね。

遠藤:事前に段取りをしても、その通りに進むことの方が少ないですね。入念に準備をしても意味がないということが多い。

大矢:重要な提携を結ぶためにカンボジアへチェアマン(Jリーグのトップである理事長)を連れて行ったけど、実は提携の日時がまだ決まっていない、なんていうこともありましたね(笑)。

山下:とりあえず「やる」と決めて乗りこんでから、時間や場所を決めるというケースが多いんですよ。話が無くなったらどうしようとヒヤヒヤしますね(笑)。

会議はブレストがほとんど。目標達成のためにメンバー以外も巻きこむ

異文化による苦労も多いようですが、もともと皆さんはアジア各国との交渉経験をお持ちだったのでしょうか?

山下:私はほとんど素人に近くて、個人的に旅行で何カ国か回ったという程度です。

遠藤:私は前職の教育業界で、東南アジアや中国での海外営業をしていました。現地の学習塾などを相手に教材ライセンスを売る仕事です。東南アジア各国には何度も訪れていたので、現地での折衝には慣れていましたね。

大矢:私は高校時代に2年間、タイで生活していた経験があります。その後JICA(国際協力機構)に就職し、東南アジアやアフリカ、中東各国でも仕事をしていました。

山下さんは、メンバーのそうした経験に目を付けて声をかけたのですか?

山下:はい。活動の広がりが見えてきたときに、アジアにネットワークがある人たちへ声をかけて参加してもらったんです。最初は資料作成やアポ取りをボランティアでお願いしていましたが、ともにチームとして活動できるようになっていきました。

現在、皆さんが顔を合わせる機会は多いのでしょうか?

山下:週1回の会議を火曜日の11時に設定しているんですが、半分くらいしか開催されていないですね(笑)。4人それぞれが飛び回っているので、なかなかそろうタイミングがない。誰かがマレーシアから帰国したら、別の誰かがインドネシアへ行っているといった状況です。

そもそも会議は、どうしてもやらなければいけないものだとは思っていないんです。特に「報告をするだけ」といった場は必要ないですね。会議そのものは、アイデアを出し合う場として設定しています。「報告だったらメールでいいじゃん」ということで、徐々にあり方が変わっていきましたね。

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明確な目標があるから、コミュニケーションやマネジメントの必要性が低いということですか?

山下:そうですね......。私自身は、「このチームは横にフラットに並んでいる組織なんだ」という意識でいます。私にはできないことがいっぱいあって、それをやってもらっているので、単純な上下関係にはならないですね。困ったことがあればお互いに助け合う。

最近では国際交流基金との取り組みが決まって、「アジアと日本のサッカーを成長させるためにどんな文化交流、スポーツ交流ができるか」といったアイデアを全員で出しました。取り組みの方向が決まったら、大矢が各国のチームを呼ぶためのこまかい交渉作業に入るんです。そして遠藤はメディアに声を掛け......といった形で、自然と役割分担ができていますね。

会社に不在なことが多いと、チーム内でのコミュニケーションは問題なくても、チーム外に対してのコミュニケーションに苦労しませんか?

山下:それは一つの課題ですね。新しいことを始める際には「内なる情熱」と「外からの情報」が大切だと思っています。やらされ感を持たず、自分たちが「やりたい!」と情熱を持ってやること。そしてそれをメディアなど外部に取り上げてもらったり、今回のように取材いただいたりすることで、組織内でも興味を持ってくれる人が増えていきます。会議の伝達だけですべての情報や温度感を伝えることは難しいので、こういった機会はとても重要なんです。

大きな組織だからこそ、ということでしょうか?

山下:Jリーグの法人そのものは50人程度の規模ですが、クラブチームを含めると大きな組織になりますね。さらにスポンサー企業に見ていただくことも重要です。

大矢:アジア室という枠組みを超えて、日本サッカー全体でアジアと向き合っていくために、この取り組みにできるだけ多くの人を巻き込んでいきたいと思っています。最近では出張に出るたび、「今回の訪問先へ○○さんを連れていくためにどんな口実を作ろうか」と考えたりします(笑)。

山下:あなたのスキルがどうしても必要なんです!みたいな感じでね。資料があれば何となく我々だけでも話せるかもしれない。でもそれぞれの現場に精通している人が語りかけた方が、海外の人たちにも響きますからね。

最後に、アジア室の最終的な目標を教えてください。

山下:「ワールドカップで日本が優勝すること」です。日本代表を強くしていくためにも、ヨーロッパに対抗できるサッカー経済圏をアジアに作りたい。

また、自分たちが得たネットワークをどんどんオープンにして、さまざまな組織・個人をつないでいきたいですね。そうした活動が、日本やアジアのサッカー界全体に成果と利益を還元していくと信じています。

(取材・執筆:鈴木タカシ+プレスラボ/撮影:安井信介)

著者プロフィール

ベストチーム・オブ・ザ・イヤー

ベストチーム・オブ・ザ・イヤーは、2008~2016年の間、最もチームワークを発揮し、顕著な実績を残したチームを、毎年「いいチーム(11/26)の日」に表彰したアワードです。