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映画的ではない映画を作る――テルマエ・ロマエ制作チームの挑戦

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※ベストチーム・オブ・ザ・イヤーのサイトから移設しました

2012年4月に公開された映画「テルマエ・ロマエ」は、洋画・邦画をあわせた上半期の興行収入ランキング1位のヒットとなりました。日本のみならず、世界の20以上の国や地域から公開オファーをうけ、トロント国際映画祭をはじめとする多くの海外映画祭に招待されています。 ベストチーム・オブ・ザ・イヤー実行委員会では、世界でも好評を博したテルマエ・ロマエ制作チームの裏側にあるチームワークを評価しました。2010年の企画草案から、映画の完成までに多くのメンバーを束ねたチーム術を、株式会社フジテレビジョン プロデューサーの稲葉直人さんに聞きました。

これまでに存在しない映画になる――『テルマエ・ロマエ』への確信

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阿部寛さんを主演に起用した映画『テルマエ・ロマエ』のヒットは記憶に新しい。マンガがベストセラーとなる前からこの作品に惚れ込んだ稲葉さんが、テルマエ・ロマエを作るに至った経緯とは?

2010年のお正月に原作を読み、「これはおもしろい映画になる」と直感が働きました。すぐに出版社のエンターブレインに話を持ちかけたのですが、当時はそこまで売れているというわけでもなかったので、企画の成立までに5カ月を要しました。その後、原作がマンガ大賞を受賞したことも手伝い、企画が一気に動き出しました。

サブカルチャーやテレビの要素も詰め込んだ「映画的ではない新しい娯楽映画を作ることができる」。そう感じたんですよね。純粋に見た人に面白いといってもらえる映画になる――と。

キャスティングについては、阿部寛さん以外の主役は考えられなかった。ダメもとでオファーしたら、数日後に快諾の電話が届きました。これには正直驚きました。阿部寛さんいわく、「テルマエ・ロマエに可能性を感じた」。

「今までにないチャレンジングなコメディであるだけでなく、映画ならではのスケール感、世界観を表現できること」「演じたことのない役だったこと」。これが決め手だったようです。数ページの企画書と原作1巻を渡しただけで、よく即決していただけたなと。

こうして映画制作が始まりました。テルマエ・ロマエの撮影現場に携わったメンバーは70人ほどと中規模ですが、海外チーム、CGや音楽の制作、編集スタッフも含めると、総勢200人以上のチームだったといえます。

クランクイン前に起きた大震災......「絶対面白いものを作ろう」とみなぎる結束力

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映画制作ほど、チームワークを求められる仕事はない。200人近くのチームをまとめた稲葉さんが、テルマエ・ロマエの制作チームの結束力を一番感じた瞬間は。

映画制作が「チームである」ことを一番実感したのは、ピンチの時ですね。

テルマエ・ロマエのクランクインは2011年3月14日、場所はイタリアです。しかし、その3日前に東日本大震災が起こりました。前日に現地入りする予定だった役者さんと私と一部のスタッフは日本にいて、震災を経験したのです。

イタリアへの便はもちろん欠航、ロケの予定はずらせない状況......。ピンチ以外の何物でもなかったです。2日間徹夜で便を手配し、ローマにたどり着きましたが、大震災のニュースが大きく報道されている。

現場に不安感がまん延する中、1週間のロケを敢行しました。とはいえ、1週間丸々家族と会えない役者さんやスタッフばかり。みんな気が気でない状況でした。

そこで10日間撮影を辞めて、みんなに休んでもらうことにしました。役者さんのスケジュールも予算の限界も決まっているので、予定通りに撮影できないのは相当な痛手でしたが、まずは家族と一緒にいてもらうことが最重要と判断しました。そのときは「こんなときに、テルマエを撮っていていいのだろうか......」と本気で考えましたね。

そして、10日後に集まったスタッフにこう伝えました。

「この映画はこんな状態の中では撮らない方がいいのかもしれない。けど、見ていただける人に、その間だけでも嫌なことを忘れてもらえるような映画を作ることしか今の僕たちにはできない」

すると、役者さん、監督をはじめとするスタッフ全員が、スケジュールが押しているにもかかわらず、「絶対おもしろいもの作りますよ」と声を挙げてくれたんです。撮影再開後の現場には、みんなのエネルギーがみなぎっていました。

あるんですよ、映画撮影時に生まれる独特のエネルギーが。肉体的、精神的にも厳しい時に生じる「絶対おもしろい映画を作ってやろう」という鬼気迫るものが。これがテルマエの作品に見事に反映されました。ピンチがチャンスに変わることで、チームの結束力が生まれました。

「映画的ではない映画を作る」、ぶれない思いを共有できた

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映画制作では、現場のスタッフに加え、原作者とプロデューサー、監督がお互いに理解しあう姿勢が欠かせない。「原作者のヤマザキマリさんとも良好な関係が築けたことが、テルマエ・ロマエの成功のポイントだった」と稲葉さんは語る。

チームという観点で言えば、原作者のヤマザキマリさん抜きには語れません。ヤマザキさんにとってテルマエは「わが子」そのもの。それなのに、原作を大胆に変えようと相談しても、「うん、いいですよ」とすぐに快諾していただけたり、撮影現場にも足しげく通っていただいたりしました。

僕の頭の中には、映画で表現したい世界観ができていました。クラシカルな要素とサブカル的な要素をごちゃまぜにして、これまでの映画をいい意味で否定する作品。ある種の実験映画です(笑)それでありながら、作り手のエゴになるかもしれないメッセージは皆無の、どうやったらお客さんに喜んでいただけるかだけを追究した作品です。

そもそもローマ人役を日本人の顔の濃い役者さんで映画化したいという提案自体、怒られそうじゃないですか。でも、この原作はそうした方が作品の世界観を明確に打ち出せて面白くなると思ったんです。しかもこんなバカバカしいお話を、本格的な役者さんが大真面目に演じる。そう考えただけでワクワクしてしまって。

ヤマザキ先生もそこはすぐに理解して、OKを出していただけました。こうした原作者の理解と協力関係があったからこそ、現場は、面白い映画をつくるということに専念でき、フルスイングできたのだと思います。

ゴールを決めて、ビジョンを伝えることの大切さ

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プロデューサーは映画制作のすべての工程に携わる。思いを持ち、映画を成功させるために稲葉さんが意識したチームワークは、すべてのビジネスパーソンにとって参考になる。

プロデューサーはほぼすべての工程にかかわります。具体的には「企画→原作権の交渉→プロット作成→脚本作り→キャスティング→スタッフと準備→撮影→編集、CG、音楽などの仕上げ→宣伝」というプロセスで、多くの人とやりとりをします。

チームをまとめる秘訣は、「ゴールを決めてみんなにビジョンを見せてあげること」。作品をどうしたいかという絵を描くことが、プロデューサーの役割のすべてですね。

どんな映画を作りたいかというゴールがあって、監督やスタッフと作品の方向性を決めていきます。考えがまとまらない段階で意見を求めると、だんだんとゴールからずれていく。「僕はこうしたいんですけど、どう思います?」とまず初めにこちらから投げかけることが大事だと思うんです。

プロデューサーって、一人じゃ何もできないんですよ。本も書けないし演出もできない。1つもプロフェッショナルじゃない。だからこそ映画のゴールを常に見据えて、メンバーの気持ちを高め、最高の映画を作るための裏方に徹することが大切です。

チーム力の高まりに応じて、役者さんもスタッフも完成前からテルマエ・ロマエという作品を好きになってくれました。全員に「続編をやりましょう」と言ってもらえる作品は、実はそんなに多くないんです。もう一度、テルマエのチームで集まって映画を作りたいですね。

チーム力を高めるためにも意識していることは「人の意見を聞き、良いアイデアはあっさり取り入れる」こと。柔軟性ですね。1人の頭の中で生み出せることには限界がありますから。

もらった意見を冷静に判断して、映画が面白くなるものはどんどん取り入れていきます。自分の意見だけに固執しない方が現場にチームワークが生まれ、うまく回っていきます。

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映画制作にはチームの結束力が欠かせない。テルマエ・ロマエ制作チームを支えるのは「前例のない良い作品を作る」という役者、監督、スタッフ、原作者の思いにほかならない。映画に賭ける熱意を1つにしたプロデューサーの稲葉さんは、テルマエ・ロマエの成功を確かに支えている。

著者プロフィール

ベストチーム・オブ・ザ・イヤー

ベストチーム・オブ・ザ・イヤーは、2008~2016年の間、最もチームワークを発揮し、顕著な実績を残したチームを、毎年「いいチーム(11/26)の日」に表彰したアワードです。