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演算速度で世界一の金字塔――スーパーコンピュータ「京」流、国家プロジェクトの導き方

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※ベストチーム・オブ・ザ・イヤーのサイトから移設しました

2011年6月、演算速度で世界一の座を獲得したスーパーコンピュータ「京」。完成途上の段階で世界一となった偉業のニュースは、日本の科学技術に大きな希望を与えました。しかし「2位ではだめでしょうか」と言われた2010年の「事業仕分け」による予算削減をはじめ、世界一を目指したプロジェクトにはいくつもの壁が立ちはだかりました。

その時、どのようにして国家的プロジェクトをまとめたのか、世界一を勝ち得たチームの姿とは。独立行政法人理化学研究所 次世代スーパーコンピュータ開発実施本部 プロジェクトリーダー 博士(情報科学)渡辺貞さんに聞きました。

1000人超の国家プロジェクト、「京」の始まり

――プロジェクトの規模、チームの構成を教えてください

独立行政法人理化学研究所(以下、理研)を中心とした産学官連携のプロジェクトです。どこまで含めるかで変わりますが、全体で1000人を超えるプロジェクトです。設計・開発・製造を担当した富士通だけでも1000人以上です。半導体製造、システム製造、部品やケーブルなど工場で携わった方を含めると、それ以上になるでしょう。

理研は開発のプロジェクトマネジメントを担当しており、開発部門14名、事務部門11名のチームです。加えて、理研には、2010年7月に設立した組織「計算科学研究機構」があり、「京」の運用と計算科学技術の研究開発を進めています。こちらは開発プロジェクトのメンバーも兼務しています。

――プロジェクトの概要や経緯について教えてください

世界最先端、最高性能の「次世代スーパーコンピュータ」の開発、整備を進め、利用技術の開発・普及を目的とした文部科学省のプロジェクトです。2006年に世界最先端10ペタFLOPS級(1ペタFLOPS:1秒間に1000兆回の計算)を目指してスタートしました。2012年に完成予定の「京」は、共用施設として全国の研究者・技術者に使われる予定です。

2007年には神戸という立地を決めました。システム構成は、大量のデータを一偏に計算するベクトル部と、1つ1つのデータを順番にきめ細かく計算するスカラ部を結合した複合システム構成とし、日本のベンダー各社が持つ技術を生かせる計画でした。ベクトル部はNECと日立製作所、スカラ部は富士通が担当でした。

ところが、2008年11月に起こったリーマンショックが引き金となり、2009年5月にNECと日立製作所が撤退。システムはスカラ部単体の構成となりました。開発側で技術的にできると判断できた後も、大きな変更となるため、システム構成について国の評価委員会で慎重に議論が行われました。

また、2009年の事業仕分けは大きな転機となりました。行政刷新会議において予算計上見送りに近い縮減が決まり、事実上、プロジェクトが一時凍結となったのです。その後、さまざまな方々の支援があり、30億円ほどの予算削減の中、再びスタートを切ることができました。

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「2位じゃだめなんでしょうか?」「世界1位を目指して」

――仕分け人からの「2位じゃだめなんでしょうか?」という発言が注目されましたね。世界1位をとれそうだと思ったのはいつごろですか?

それは、難しいところです。オリンピックと同じで、みんな金メダルをとるつもりで一生懸命やっていますが、最後まで分かりませんでした。アメリカが先に10ペタ程度の可能性がありましたので、負けてはいられません。開発計画をできるだけ早めるための予算要求をしましたが、事業仕分けの結果、完成時期を早めることはできませんでした。

開発競争は情報戦です。アメリカの情報はなかなか出てきませんでした。最近分かったことですが、アメリカでは10ペタ級を出すと言われていた「ブルーウォーターズ」のプロジェクトからIBMが撤退してしまいました。まさかそうなるとは思いませんでした。

――ほかにも危機はありましたか?

大きな危機は、2011年もありました。

6月までに可能な限り大きい構成のシステムを作り、LINPACK性能テストで最低でも5ペタを出して、世界1位となることを目指していたわけですが、1月時点で1ペタという状況でした。6月のTOP500での1位獲得へ希望をつなぐためには、昨年完成した神戸の計算科学研究機構の建物にいかに早くシステムを搬入するかが勝負の分かれ目だったのです。

ところが、3月に東日本大震災があり、生産、搬入がストップしました。部品を作っている東北地方の工場が被災、停電し、輸送網もストップしました。

そんな中、影響を最小限にとどめるよう富士通とその協力企業の方々が粉骨砕身の努力してくれました。24時間体制で搬入し、 5月には、計算機室にシステム全体のおよそ8割を入れることができました。ふたを開けてみたら、8ペタを達成し、世界1位を獲得しました。
28時間の連続稼働の信頼性も高く評価されました。2位の中国の「天河――1A」は、2ペタ台で連続稼働は5時間。「京」は、初期不良も少なく、93%という高い実効性能を達成しました。また、実運用システムとしては、世界一の低消費電力システムでもあります。本当の意味の、ダントツの世界1位といえます。

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ワイガヤで、メンバーと緻密な議論を繰り返す

――チームマネジメントの秘訣はありますか?

チームの目標は、10ペタの性能を達成するシステムの開発と技術の維持発展。最初から目的・目標が明確で、みんながそこに向かっていました。チームのモチベーションはクリアな目的、目標があるということが一番大切です。

――チームワークを強く感じたのはどのようなときですか?

システム構成の決定においてです。ゼロのまっさらな状態からシステムを作ります。使う人の意見を聞く調査、分析から始まりました。実際のアプリケーションは、様々な解析手法があります。これらをうまく動かす汎用的なシステムでないといけません。LINPACK性能で10ペタを目標としていますが、実際のアプリケーションで、最低でも1ペタをだすということは、実は非常にチャレンジングなことなのです

大学、研究所の要求、使える技術、もろもろの制約条件がある中、ゼロから検討し最終的なシステム構成を決定しました。われわれは小さいチームですから、しょっちゅう情報共有しています。ミーティング、レビュー、チェック、その繰り返しです。一人の力ではできませんから、チームで取り組みました。小さなチームだったのでやりとりはしやすかったです。

――チームマネジメントで心がけたことはありますか?

私自身の性格として「何やってるんだ!おまえ!」みたいなことは言いません。メンバーといっしょになって議論します。心がけたのは、なるべくみんなが何をやっているのか分かるように、個室は持たないで大部屋にいることです。マネジメントレベル含めて情報を共有し、曲がった方向にいかないように心がけていました。

かつてマネジメント教育を受け、そのときから参考にしているのは、ホンダのワイガヤです。社長も大部屋にいてしょっちゅうディスカッションしている、そういう感じですね。神戸に移転する前の、東京のオフィスでも、開発部隊と企画調整の真ん中に座っていました。メンバーとすぐに話ができるような距離にいるようにしています。

――富士通株式会社とはどのように連携したのですか?

当初は、富士通から開発と企画調整の部門に1名ずつ出向してもらい、密に連携してきました。神戸に事務所を移した後は、スパコンの設置や調整の業務があり、かなりの人数が常駐しています。

毎朝30分は富士通とミーティングを開いて、細かいアクションアイテムの表をチェックしています。クリティカルなときは、責任者とホットラインを作って迅速にやりとりしています。また工場などの現場にも度々足を運んで、密なコンタクトをしてきました。

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世界一の次のステージを目指して

――情報共有に使っているツールはどのようなものですか?

東京-神戸間など離れた場所では、テレビ会議を有効に利用しています。「京」の開発と同時に始まったグランドチャレンジアプリケーション事業のナノサイエンスやライフサイエンス分野の研究者などが現在、「京」を試験利用していますが、そこでの質問の回答などには、メール共有システムのメールワイズを使っています。また、プロジェクト管理にはRedmineを使っています。理研内の日程調整にはグループウェアのガルーンを使っています。

――大きな外部要因が変わるとき、モチベーションに与えた影響はありましたか?

ありました。事業仕分けでプロジェクトについての見直しが議論されたとき、開発は淡々と進めていましたがショックでした。プロジェクトの意義や成果などを国民の皆さまに知っていただいていなかったのだなと反省し、その後、広報に力を入れました。理解を得られて予算が復活したときは「1位をとるように頑張ろう!」とさらに発奮しました。

さまざまな危機ありましたが、幸運なことに技術開発上の危機というのは、ほとんどありませんでした。

――なぜ技術開発上の問題は、ほとんどなかったのでしょうか

プロジェクトを細かくチェックしたことと富士通の努力でしょう。

設計のミスを防げたのは、経験からくるものが大きいです。理研のチームメンバーには、かつて世界1位となったスパコン地球シミュレータの経験者が含まれています。私自身もかつてNECで地球シミュレータにかかわっており、ベンダー側の経験もありました。富士通もこれまでスパコンの開発をしてきた経験者や能力の高い人を選抜しました。

公募でやる気のある人も集まりました。いずれにしろ、寄せ集めのチームなので密に情報共有を行うよう意識していました。

――今後の展開について教えてください。

現在は、2012年の供用開始に向け、ミドルウェアのソフトを開発し、その上で走らせる有力なアプリケーションをチューニングしています。今後、広い分野で有効に活用されるための環境を整備しています。

著者プロフィール

ベストチーム・オブ・ザ・イヤー

ベストチーム・オブ・ザ・イヤーは、2008~2016年の間、最もチームワークを発揮し、顕著な実績を残したチームを、毎年「いいチーム(11/26)の日」に表彰したアワードです。